高校支援の背景

白馬高校の歴史

白馬高校は、昭和23年に長野県立大町北高校定時制北城分校として設置認可され、昭和26年に地元の当時5村(現在の白馬村・小谷村)が地域振興を願い組合立の独立定時制高校として創設されました。

昭和38年に全日制課程普通科高校として県立に移管されて以後、地域高校としての役割に加えてスキーの名門校として全国に名を馳せ、現役生・卒業生を含め多くの選手をオリンピックに輩出してきました。

平成元年には約400人の生徒が在籍していましたが、人口減少や少子化の影響もあり生徒数は徐々に減少し、平成16年には当時の約半分の200人程の生徒数となりました。

平成5年に設立された「白馬高校を育てる懇話会」やその下部組織として設置した「魅力ある白馬高校づくりプラン策定に関する専門委員会」において存続のための魅力づくりについて検討し、平成21年には旧第12通学区内における高校再編問題に関して白馬高校の存続が決定しました。

しかしながら、その後も生徒数の減少は止まらず、長野県教育委員会が示した高校再編計画の基準である「全校生徒数が160人以下で、かつ卒業者の半数以上が当該高校へ入学している中学校がない場合」に、平成25年・26年の2年連続で抵触したため、①地域キャンパス化(分校化)、②他校との統合、③募集停止(現役生卒業後閉校)の対象となりました。

全校生徒数の推移

地域における白馬高校の重要性

白馬高校は、白馬・小谷地域に存在する唯一の高校として、これまで多くの生徒が学んできました。もし白馬高校が廃校となってしまった場合、最寄りの高校は長野県大町岳陽高校であり、白馬村・小谷村からの遠距離通学は、経済的にも時間的にも生徒・保護者の大きな負担となります。また、誰もが大町岳陽高校に入学できるとは限らないため、他の高校を選択する生徒は、さらに負担の大きい池田町や安曇野市、松本市や長野市といった遠方に通学もしくは下宿しなければなりません。

さらに、地域高校である白馬高校の存続は、白馬村・小谷村の「地域としての存続」にも関わる大きな問題です。子どもを安心して通学させられる高校がない地域は、子どもを育てる環境が良いとは言えないため、人口流出が止まらず、少子高齢化・過疎化が急速に進行すると言われています。

逆に、地域に魅力的な高校が存在すれば、その教育環境を目的としたIターン・Uターンも増加し、人や物が交流するようになり、地域を活性化することができます。

白馬村・小谷村の状況は、明るいとは言えません。

人口は両村ともこの10年間で約700人減少し、税収もピーク時の6割程度となっています。

白馬村の人口と税収の推移

小谷村の人口と税収の推移

そして、日本創成会議の推計において、両村とも2040年には若年女性の人口が現在の半分以下となり「消滅可能性高い自治体」とされています。

2010年 2040年 若年女性人口
変化率
総人口 20-39歳女性 総人口 20-39歳女性
白馬村 9,205人 1,001人 6,982人 489人 -51.2%
小谷村 3,221人 254人 1,9337人 56人 -77.9%

実際に、白馬村・小谷村の子どもの数は年々減少しています。

中学校卒業生(見込)の推移

少しでも多くの子どもがこの地域で育ち、地元に愛着を持つ環境を整備することが地域の存続・活性化の鍵となります。

白馬高校を存続させるために

白馬高校を育てる懇話会では下部組織として「白馬高校の将来を考える会」を設置して白馬高校を存続させるための方法を検討しました。考える会では、上記の①地域キャンパス化(分校化)、②他校との統合、③募集停止(現役生卒業後閉校)のいずれにも該当しない第4の道「④高校存続」に向けて、平成26年8月に長野県教育委員会に「白馬高校の経営・運営に参加する地域案」を提出しました。

平成27年6月、長野県教育委員会は地域ぐるみの支援に応じる形で、平成28年度から国際観光科を新設し、生徒を全国募集することを決定しました。さらに、全国でも初となる「自治体首長が委員として学校運営に参画するコミュニティ・スクールに白馬高校を指定しました。

白馬村・小谷村では、「地域に根差しながらも世界に通用するグローカル人財づくり」を目指し、地域の資源や人材を活用しながら、地元の子どもたちも他地域の子どもたちも「入学したい!」と思うような魅力ある学校づくりを支援しています。